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2012-10-19 22:41 | カテゴリ:みそじ大学生②
これまでのハナシはこちら↓↓↓
コレもソレもみんな芸の肥やし①
コレもソレもみんな芸の肥やし②
コレもソレもみんな芸の肥やし③

さて、身の震えるような感動の体験から1年半、
わたくしはマスターに進み、「翻訳における同等性」を研究テーマにしています。
これは人生のテーマでもあるんだけど。

そしていろんな翻訳論とか、研究論文とか、日仏の文法書とかひっくり返しているわけですが、
何をどう翻訳するかを考える時に軸になる考え方も、結局は
何がメッセージで、何が伝えたいことなのか
にあるのだと気付いてしまいました。

ものすごく凡庸だけどわかりやすい例をあげれば
"rice"という英単語。 
日本語にすると米、ご飯、白米、ライス、メシ、しろまんま等々・・・
コンテクスト次第でおそろしいほどの訳語の可能性があるわけです。

じゃあどうやって、訳語を決めるのか。
この問題にぶち当たったとき、最終的には
このメッセージを発する人が、何が意図で、何を伝えたくて使った語なのかを考える、
これに尽きるのです。それだけで自然に訳語は絞れてくる。

翻訳のエキバランス(同等性)とは、発話意図を別の言語環境でも達成させるもの
これが今の赤ぱぷりか的翻訳論の中心の考えです。

そして、今よりもっともっとビギナー翻訳者だった頃のわたくしには、
決定的にこの視点が抜け落ちていたはず。

子供の頃から文章を書くのが比較的得意だったがために、
書き手の意を汲むことより自分の文章力をひけらかすことに気を取られ、
原文と真摯に向き合うことをしていなかったように思います。

このところ、心をわしづかみにされている翻訳論の授業でも、
翻訳に必要なのは語学力ではなくテキストとの対話である
と言われました。

ああ、これってまさに、あの膨大な量のテープ起しの時に学んだことではありませんか!
翻訳にはダイレクトになんの役にも立ちそうになかった授業のテープ起し、
わけもわからず必死にやってきてよかったと、
こんな思いがけないところで実感させられるとは・・・

ちなみに、自分の研究テーマを模索していたとき、決定打をあたえてくれたのも、
ふと思い出して引っ張り出した本の1節。
でもこの本、実は学士1年目に、興味もへったくれもなかった民俗学の授業で
試験用にいやいや読んだ本でした。
あの時、あの本を読んでいなかったら、今の研究テーマに辿りつけてなかったかもと思うと、
いやはや、大学のカリキュラムは宝箱ですわ。

なかなか食わず嫌いしないのはムズカシイけど、
どこで何が自分の身を救ってくれるかわからんものですね。

コレもソレもみんな芸の肥やしと思って、
いろいろやっていきます。

よし、まとまったぞ!
完!!


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